厭世のコラージュ
人間にとって最も善いことは生まれてこないこと。次に善いことは早く死ぬこと。
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幼稚な作文
 もはや一億総ブロガーの時代だが、有名人無名人を問わず幼稚な文章を平気で書く者を見るにつけ、日本の戦後教育はやはり間違っていたと思わざるを得ない。

 日本人だから日本語が出来て当たり前、という思い込みによって、日本人でありながら日本語の不自由な者は実に多く存在する。

 文章を幼稚にさせる最大の原因は読点の打ち方にみられる。個人的な、それこそ就寝前に枕元でしたためる類いの日記であればよいだろう。

 しかし他者に見せる、見られることを前提とした文章においては、読点の打ち方はよほど気をつけなければならない。

 なかんずく読点の多い文章は最悪である。そうした書き手は少なくないが、極めて幼稚かつ品性の欠片も感じさせない文章をよくぞ平気で公開できるものだとむしろ感心する。

 それが小説や随筆ならば何らかの効果を狙った場合もあるだろう。しかし文章に論理性を持たせるならば、読点の打ち方には出来るかぎり注意を払わなければならないことなど中学生でも分かるというもの。論理的な文章には読点の打ち方が極めて重要なのだ。同様に、漢字と仮名の割合も大切である。

 読点の多い文章は幼稚であるがために、まったく読みづらく、イライラさせられる。よほど神経の鈍い読み手でない限りは、読む気が失せるのが通常であろう。それは、書き手が読み手を意識していない無神経の表象である。

 無神経な文章を書く者は、無意識下で次を期待しているようだ。それは、狭きオノレの器の中で肥大化した自己愛を無条件で受け入れる他者、である。だからこその無神経だろう。愛国心を強要する安倍晋三と何ら変わりがない。

 そうした者がいかに論理的な装いをまとった文章を書こうとも、主題は常に自己正当化の蒙昧的証明でしかない。でなければ、読み手を意識した文章、出来るかぎり読み易い文章を書くよう努めるもの。自分の考えを他者に伝えたいならば、だ。

 余談だが、他人の文章を丸々移して「引用」などとしているブロガーもいるらしい。それは引用ではなく、もはや「転載」ではないのか。
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