厭世のコラージュ
人間にとって最も善いことは生まれてこないこと。次に善いことは早く死ぬこと。
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報復殺人の負担軽減
 どうもよく分からないのは「裁判員の負担軽減」という“お上の慈悲”である。果たして裁判とは誰のためのモノなのか。

 裁判員の負担が軽かろうが重かろうがそんなものは裁判にまったく関係ない。サクサク進行することが良い裁判だとでも云うのか。公判前整理手続然り。

 大切なのはより正確な事実認定である。が。

 裁判員判決(地裁)が高裁でひっくり返る可能性もあるのだからして裁判員は深く考えずサクッと気楽に判決を出せばよいのデス。それでよいのか?

 ひとの生き死にを決める以上裁判員は相応の負担をすべきではないのか。ひと月ほどホテルへ缶詰めにしたってよろしい。参加が義務だというのなら日当を払う必要もあるまい。いっそ裁判員を断った国民は死刑とかね。

 裁判員制度とは何か。裁判に市民感覚を、ともっともらしく謳ったところで「おまーらパンピーのことはパンピー同士で決着しろ」というある種の自己責任論が根本に鎮座する。でなければ行政裁判にも裁判員を導入して然るべきところ。

 市民感覚と云ったって8割が死刑制度に賛成している国民である。判決を待つまでもないだろう。刑事裁判の9割が有罪という恐るべき事実を鑑みれば後は死刑にするか無期にするかだけ。乱暴に云えばね。

 無罪推定、疑わしきは被告人の利益に。いやいや逮捕イコール真犯人であるのがこの国の一般常識よ。もしかしたら無罪かも、そんな素朴な市民感覚は予断と偏見に満ちたマズゴミ報道に侵食されるのが常道。あぁ河野義行は泣いてるぞ。

 被害者参加制度もある。遺族がどれほど哀しんでいるかは大きな「争点」となろう。遺族が号泣すれば死刑、歯を食いしばって涙こらえたのでは無期。だって個々人がオノレの良心に従って量刑を決めることなど日本人には到底不可能なのだからして。

 日本における死刑制度の現況は「国家による報復殺人の代理」に過ぎない。そんな世にあって、負担軽減の名のもとにロクな証拠も見せられぬまま報復殺人の手伝いをさせられるなんて、イヤだなあ。
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