厭世のコラージュ
人間にとって最も善いことは生まれてこないこと。次に善いことは早く死ぬこと。
応報刑はだれが為
 犯罪被害者の自己責任はどうなのだ、という乱暴な声もある。ところが、すべての被害者が自己責任を厳しく問われているわけでもなさそうだ。ハテ、権力者が峻別しているのか(メディアも権力ですネ)。自己責任論の流行は当分のあいだ終わりそうもない。

 国は「被害者参加制度」をあみ出した。コレすなわち一種の仇討(あだうち)である。ところが、警察や検察による事件、容疑者のでっち上げが少なくないことが知れてきている。被害者や遺族が対決する被告人が「冤罪」だったなんてケースもきっと‥‥。どうするのか。

 今さら云うまでもなく、刑事裁判の鉄則は「無罪推定」「疑わしきは被告の利益に」。このことをもっとも肝に命じなければならないはずのマスメディアは、警察との利害関係が邪魔をして、予断と偏見を真実へと変えてしまう。手品師じゃあるまいし。

 罪を憎んでひとを憎まずという教育刑主義は歴史の遺産となりつつある。オトナの充分な保護を必要としている少年少女だって、うかうかしてはいられぬ。ちょっとした悪ふざけでも、刑務所でタンスをつくらされることにだってなりかねない。

 光市事件は世間の耳目を集めた。この国には死刑制度が横たわっていることをあらためて知らされた事件である。「国家による報復殺人の代理」としての死刑制度は、遺族の溜飲をほんのちょっと下げる効果しかない。だが、ソレを望んでいる犯罪的無知の善良なる市民が多数派の国である。「B層」とは上手く云ったなァ。

 鳩山邦夫法務大臣は「殺人がとにかく減らない。死刑が持つ予防効果を考えると、現時点では廃止や執行停止はなじまない」と云った。それって、死刑制度は犯罪予防になっていないってことじゃあ。

 凶悪犯罪が増加しているとのデマゴギーに、善良なる市民は怯えている。まさか、死刑制度を存続している理由は遺族を代理に見立てて市民の鬱憤を晴らすためだけ、なんてことはないよね。
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