厭世のコラージュ
人間にとって最も善いことは生まれてこないこと。次に善いことは早く死ぬこと。
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war is on
 戦争に正義を見い出す、すべてのクズどもに捧ぐ。



 では、どちらさまもよいお年を (⌒ω⌒)/
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男か女か中のひとか
 今朝、目が覚めた瞬間からあんかけ焼そばが無性に食べたくって、開店と同時にそれっと飛び込んだバーミヤンの女給さんがエーコちゃん似でかわいかったです。いや、かわゆかったです。

 「和田清海」といっぱつしたい。
 31歳フリーター。希望は、援交。

 いやまァ残念ながら援助できるほどの稼ぎはありませんが。つか31歳でもフリーターでもありませんが。

 ともかく、お待ちかねのあんかけ焼そば(とマーボー豆腐)へ、親の敵のように酢をどっぱんどっぱんかけまくったところをみると、ひどく疲れてるのかしら。それとも妊娠? 近ごろなぜか身体がだるいの。31歳フリーター。希望は、健康。

 歳はいくつか、血液型はなにかをことさら気にし、遠慮も無しに聞いてくるひとがいます。歳はともかく、血液型を聞いてどうする。あっそうそう、私に血液型を聞いてくるひとはもれなく死刑ですから。

 遊び初めの小憎っ子じゃあるまいし、ホステスや風俗嬢の本名を聞き出そうとする不粋な手合いもいます。そんなものは、オレあの子の本名知ってんだぜェ、という自己満足に過ぎない。だからなんなのだ。

 それがインターネットの場合だと「男性か女性か」ということが最大限気になることとなります。

 今の時代、いや昔から「中性」のひともいるわけですから、男か女かという問い自体が成り立たないことだってある。性別が個人の見解を拘束するものではないはずです。

 つまり、男性であるか女性であるか、はたまた中性であるかということは、いざ合体のときしか気にすることではないのだ、と考えるわけです。
偽装、B層
 今年の世相を表す漢字一字は「偽」だそうだ。

 【偽】ギ・いつわる・にせ
 (字義)いつわる。いつわり。
 (1)本物でないこと。「偽学・偽朝・真偽」
 (2)にせ。にせる。本物らしくみせかける。「偽作・偽造」
 (3)うその。うそ。「偽証・偽態・虚偽・詐偽」

 次から次へと明るみになった食品偽装には、マスコミが先導役となり、世論は大いに怒った。しかし食糧自給率40%を下回るこの国でメタボリックなるものを心配するという歪んだ構造はどうしたものか。

 世界中の食糧を買い漁る一方、毎年50人を超える餓死者がいるという現実。コンビニや料理店だけでなく、一般家庭からも大量の残飯を毎日せっせと“つくり出している”という現実。これもひとつの「新自由主義」か。

 食品偽装よりも酷いのが政治だ。

 沖縄返還の密約はなかったという偽(いつわ)り。従軍慰安婦はいなかったという偽り。集団自決はなかったという偽り。インド洋での給油活動は国際貢献だという偽り。日本も軍隊を持ってフツーの国になろうという偽り。日米関係を「同盟」と云う偽り。その他その他。

 保守である自民党の中でも、もっとも反動的保守の政治屋どもが「改革」などと云い出したこと自体が「偽」であろう。「改革の本丸」だった郵政民営化によってもたらされたものは、外国資本の日本買いと、トヨタ式奴隷労働だけだった。

 「再チャレンジ」を狙っているダンナを愛してやまない令嬢は、「『美しい日本は美しい心を持つ日本人が住む国である』と主人は言っています」などと今さらに宣う。ゴリッパです。お宅のダンナを指して、沐猴(もっこう)にして冠す、と云う。
人命は地球より
 すべてが他人事(ひとごと)であるかのようにやる気の無さを感じさせるフクダさんの物言いは、安倍晋三の居抜き内閣だからか、はたまた性分か。

 そのフクダさんが薬害C型肝炎被害者の全員一律救済を可能にするための議員立法作りに着手するというのだから驚いた。

 被告が原告を救済するとはコレいかに。救済ではなく「賠償」と云った方が正確ではないか。というツッコミは仕舞っておく。

 「人の命にかかわることですからね。無視するわけにはいかない、というふうに思ったわけです」とフクダさん。うーん、やっぱりどこか他人事。気の抜けたソーダ水を飲まされているような味気なさ。

 それでも「一応は」の評価もある。然り。だが、国の責任を認めるかどうかは与野党協議に丸投げとくれば、決断は決断でも、高度な政治決断とは云えぬ。

 半可通曰く、支持率を少しでも上げて総選挙にうって出る気に違いない。そういえば、近所に張られた政党や候補者のポスターがイヤに大きくなった。

 また曰く、「埋蔵金」を掘り当てたのだろう。官房長官の在職記録を塗り替えたひとだから、在り処は知っていたはずだ。ナルホド。

 公害病、原爆症、中国残留孤児、従軍慰安婦、その他その他、早くお陀仏してくれないだろうか、が政府と役所のホンネ。思いやり予算はあっても、被害者に支払うべき金はない。薬害C型肝炎も「無い袖は」で押し通したかった。

 問題は公明党。選挙では創価学会票が絶対に必要な自民党であれば、公明党との温度差は出来るかぎり無くしておきたいのが政治屋の心情。権力にたかる蝿のごとき公明党が、いつ民主党とネンゴロになるか分からない不安がある。

 もしや、お父上が枕元に立ったのかしら。「人命は地球より重い。」
国民精神総動員2
 年間で70億円という破格の「生活保護」をお受けあそばされる然る高貴な御一家の主(あるじ)が、今日で74歳の誕生日を迎えたらしい。

 私の知るかぎりでは「ときおり『主権者』の前に現れてアルカイックスマイルをふりまくだけのクセに70億円もの生活保護を受けるとはナニ様のつもりか!(神様です)」という怒りのもしくは疑問の声を聞かない。不正受給者にはことさら目くじらを立てても。朕はたらふく食ってるぞ。

 不正受給とはいかなる状態なのか。なるほど、隠れて就労する、年金を申告していなかったなどの不正受給者はいるだろう。中にはヤクザが無宿者に生活保護を申請させて「中抜き」する悪質なケースもある。「中抜き」には、お役所は見てみぬフリだが。

 しかし不正受給者は全体からみてどの程度の割合なのか。少ないサンプルを持ち出して「だからダメ」は理屈にならぬ。それとも連帯責任かしらん。

 「年金よりも生活保護金額が高いのはおかしい」との批判もあるが、これは逆だろう。年金が生活保護金額より低いのはおかしい、のである。赤木智弘は「自分が上がれないのなら、周りを下げるしか平等への道はない」と宣った。下げてどうする。

 そもそも低所得者と生活保護者を比較せねばならぬ根拠はどこに。それとも、今さら「理窟言う間に一仕事」「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」か。

 たとえば、安倍晋三が唱えたような「美しい国」から考えたらば、ガキも年寄りもビンボー人も障害者も病人も、ついでにブ男もブ女も莫迦も阿呆も、まったくもって美しくない。よって「お上」を一切アテにせず自己責任で生きてゆけ、生きてゆけないなら死ね。という考え方もある。

 極端な物言いと云うなかれ。トヨタ式の乾いた雑巾をなお絞る今の政治は、その二三歩手前。もう少しで「美しい国日本」は完成される。
ネチのクドイの
 ひとりグチ祭り。

 どこで貰ったのやら、すっかり風邪っぴき。はやり廃りに関係なく、とにかく身体中の節々が痛くなる体質。ぱきんぽきんぐわしゃと、糸の切れた操り人形のよう。明日から面倒な仕事が入ってるってのに。

 つーことでネギとニンニクばかり食べてます。あとはポン酒とポンジュース。これで大体なんとかなる。それでダメなら長ねぎを黄門様に突っ込むか。いやーん、まだ誰にも許してないのにー。

 もっとも苦手とするのはネチのクドイのといった手合い。まずもって話しの要領を得ない。そのくせひとの話しを聞かないときているのだから始末が悪い。ほじ子がまさにソレ。

 朝でも昼でも夜でも関係なく、まったくどーでもいいことでいちいち電話してこられるのは、なかなか神経にきますね。お陰で風邪っぴきだよバーロー。

 本当に腹の立つのが『ちりとてちん』を観ている朝に掛かってくる電話。いい加減にしてくれ! と云いたいのを堪(こら)えて、はーはーそうですか、と藤本義一ばりにやる気のない合いの手。

 すっかり面倒なので「ハイ失礼しまーす」と電話を切ろうとすれば、「あっそれからですね!」と電話を切らせてくれない。仕方なく、なんでしょうかと返事をしても、あのう、えーとお、そのう、って同じ話しの繰り返し。リフレインが叫んでる!

 ネチのクドイのといった「しつこい」手合いはストーカー体質です。今は運良く陰性なだけです。ストーカー評論の第一人者である私が申すのですから間違いありません。

 ひとりグチ祭り終り。
殺人世論
 国連総会が開かれるたびにヒヤヒヤする。日本の代表が「この会議で採択された決議を、日本が受け入れることは不可能である」なんて云い出しはしまいかと。そしてやけっぱちの脱退をしまいかと。歴史は繰り返すと云う。

 74年前の松岡洋右をだれが演じるのか。配役はともかく、自公政権がつづく以上は「その日」が近いかも知れないと考えるのは心配が過ぎるというものだが、そうとも云いきれまい。

 環境問題においてもエネルギー問題においても人権問題においても、日本は「独自路線」を歩んでいることは間違いない。おまけに、頼れる友人が米国だけというお寒い外交である。

 国連総会が死刑執行の停止を求める決議を初めて採択した。投票結果は賛成104、反対54、棄権29で、死刑執行停止賛成のダブルスコアとなった。

 しかし法的拘束力のあるものでなければ、鳩山邦夫が「世論には死刑制度や死刑執行にかなりの支持がある。国連の決議があっても我が国の死刑制度を拘束するものでは、まったくない」と云うのも理屈である。

 確かに死刑制度を支持する世論が圧倒的多数なのだから、日本が死刑制度を廃止することはむづかしい。亀井静香を総理大臣にとか、日本人から国連事務総長を出そうとか、いっそ国連本部を日本へなんて考えるのは夢想家の仕事。現実味は極めて薄い。

 死刑執行の一時停止=モラトリアムがもっとも現実的政治手段ではあるが、世論は殺せ殺せの大合唱。しかも現法務大臣は死刑執行の自動化を宣った国である。

 小泉純一郎は「世論に従って政治をすると間違う場合もある」と発言したが、こと死刑制度について日本政府は世論を大いにアテにしている。

 いやァ国民のほとんどが「B層」ですから、なんて皮肉は云いませんとも。
坊主丸儲け
 つい先日、善光寺を久々に訪れる機会があった。牛に引かれて善光寺参り、の善光寺である。某氏に引かれて参ったものの、よい方へ導かれたという実感はちっともない。ご利益はあるのかしらん。

 善光寺といえば縁切り寺として有名。まだちうもしていない高校生カップルは決して足を踏み入れてはならないのである。が、ただれた関係をどうにかすっぱり出来ないものかと思案する熟年カップルにはおすすめ。愛と死と憎悪が渦巻くカップルには。

 善光寺は今年、本堂建立300年を迎えた。重要文化財「三門」の修復もほぼ終わって、1日からは一般公開されている。建立時と同じ技法でサワラの板を重ねた「栩(とち)ぶき」の屋根を約90年ぶりに復活させたという。ただ、大河ドラマ『風林火山』で賑わう頃に修復の最中だったというのは、いかにも間が悪い。

 戦国武将から取り合いになった秘仏「善光寺式阿弥陀三尊」をお祀りする善光寺だが、国宝といえどもナマグサはいる。真っ赤なフェラーリを所有し、繁華街で夜な夜な高級酒をあおり、どこぞのホステスとよろしくしていたことは、地元の者ならだれでも知っている。坊主丸儲けとはよく云ったもの。

 『毎日新聞』長野面には「しらかば帳」というコラムがある。記者が持ち回りで書いているのだが、ほとんどはつまらない(貴様のブログの方がよっぽどツマラナイというツッコミは断固拒否します)。もちろん、優れたときもある。18日の川口健史記者が書いた「壇家、参拝客は蚊帳の外」がまさにそうだった。

 善光寺を世界遺産にしようとする動きもある。本尊にはなんの罪もないが、裏側を多少なりとも見聞きした者からすれば、世界中の世界遺産に申し訳ない気がしてこようというもの。

 欲の皮が突っ張りきった坊主から「お数珠頂戴」を受けてもなァ。

※写真は近年になって祀られた「むじな地蔵」
坊主丸儲け
埋蔵金は無くとも
 シーファー駐日米大使から「君たちには埋蔵金があるじゃないか、ケチケチするな」と云われたわけでもないだろう。思いやり予算に関する特別協定(来年3月に期限切れ)の「値切り」は不調だった。

 08年度は今年度水準というが、それでも1409億円というのだから庶民には想像もつかないほど莫大な金額に変わりない。

 米国防総省の諮問機関・国防科学委員会委員長のウィリアム・シュナイダーかく語りき。

 曰く「危険度の低い給油活動すら継続できないなら、日本の国連安保理常任理事国入りを支持する米国の立場に水を差す」。

 曰く「日本が安全保障上の役割を受け入れることが困難なら、なぜ(安保理の)メンバーになる必要があるのか」。

 インド洋の給油活動継続が頓挫しているのだから、が米の云い分である。ここまで云われ、どうして思いやり予算を削減できようか。在日米兵による強姦、強盗、ひき逃げ、殺人を無罪放免としたところで効果はなかったのだ。

 日本政府は当初、今後5年で550億円を削減したかった。それが、ゲーツ米国防長官の不快感によって(ナニ様ですか)、3年間で8億円の削減にまで減らされた。外務大臣の高村正彦は「全体的にはそれなりに満足いく結果だ」と評価するも、媚米派が自己満足したところで説得力はない。

 とにかく財源が足りない、が政府の認識である。消費税率を上げることも具体的な検討に入ってきた。消費税率1%アップで年間2兆円の税収増といわれるが。

 たとえ埋蔵金は無くとも、思いやり予算に加えて米軍のグアム引っ越し費用60億ドル≒6700億円まで拠出する財源はあるのだから驚く。主権者(「国民」のことですよ)は物価の値上げ、社会保障の切り下げに悲鳴を上げているけれど。
遺族の声は
 法務省は死刑執行で氏名を公表した。国連の人権高等弁務官は日本政府が7日公表した死刑執行に懸念を表明するも、法務省曰く、情報公開することで死刑制度に対する国民の理解を得られる。

 現在の日本において死刑制度が存置されている理由とはなにか。ひとつは、被害者感情に与(くみ)するもの。ふたつは、世論である。しかしそのどちらも、溜飲をほんのちょっと下げる効果しかない。

 この国の死刑制度は「国家による報復殺人の代理」でしかないのだという事実と向き会えば、犯罪の厳罰化、応報刑の強化が叫ばれるのも納得。

 重大な殺人事件が起きるたびに「被害者感情」がお題目として唱えられる。光市事件では、遺族の「奮闘」する姿にやんややんやの喝采である。極悪人は殺せの大合唱まで湧き起こった。

 そこで疑問がひとつ。被害者感情に与した結果としての今回の死刑執行を、その被害者や遺族はどう感じたのだろうか。狂乱取材がウリの大マスコミにはこの点の報道がみられない。

 大マスコミはなにをしているのか。被害者や遺族には是非とも取材し、報道すべきだろう。あなた方が望んだ通り、死刑囚はたった今殺されましたよ、心境はいかがですか、と。

 死刑制度がある以上は死刑執行に問題はない。死刑執行に被害者や遺族が後ろめたく思う必要も遠慮もいらないのは当然。

 果たして、死刑執行によって被害者や遺族は癒されたのか、明るい未来が拓けるのか。これを知ることは、死刑制度を存置する以上、非常に重要なことだろう。

 ところで、順番からいえばとっくに執行されてよいはずの袴田巌死刑囚はまだ長らえているようだが。ナンデだろ。
もじ男、ほじ子
 あんまり得意ではない男と久しぶりに会いました。なんやかやで無下に出来ない相手。はあはあ、ふむふむ、あはは、うふふ、とテキトーに合いの手を。

 どうやら私を食事に誘いたい様子。ゴチならね、安倍晋三だろうがほいほい付いてゆきますよ。「いやあ、でも、前に断られたし、誘ってもいいんですかぁ」と済まなそうな素振り。あンとき断ったのは都合があってのものを、しつこい。

 男はそばが食いたいらしい。しかも、おいしいおそば屋さんに連れてってくださいって。お前は原田知世かと心でツッコミつつ、「じゃあ立ち食いでいいスかァ。結構ウマイっすよ」とやる気のない提案をしたらOK。それでいいのか?

 さて立ち食いそば屋。入りましょったら、男はもじもじ。外から丸見えなのが恥ずかしい様子。四十男がなに恥じらってんだよバーローと思いつつ男にまかせたものの、いつまで経っても入る店が決まらない。30分もうろうろした挙げ句に「これでラーメン屋に入ったら怒りますよねえ」と云いだす男。もういいから、とにかく帰りたい。

ー☆ー

 女性から寝屁ェや寝ゲロを披露されたところで「あ、そうですか」くらいにしか思いません。それでも、目の前で鼻をほじほじされるのだけは勘弁願いたい。まァそれが男であっても、目の前で鼻をほじほじされるのは不愉快です。

 その女性、歳は20代後半。お客であれば気にすることもないんでしょうけど、事務所で話しをしているときに鼻ほじをかましてくれたのには驚きました。話しをする私を見ながら、しかも念入りに。新手のホラーか?

 別の日、その女性と打ち合わせ。移動の必要があったので私の車へ乗せたんですが、助手席でもやっぱり鼻ほじ。相手がお客なら「おれの車ン中でほじるなよ」と云うわけにもいきません。問題は「ほった鼻の行方」です。事務所のときも、ほった鼻の行方が分かりません。どこかにこすり付けたのではあるまいかと不安です。
現実路線の少子化対策
 家族の崩壊、地域の崩壊といえば反動保守めいているが、事実それらは崩壊している。巨大団地群や超高層マンションが核家族化を加速させてきた。向こう三軒両隣りは歴史上の出来事。

 地域から隔絶した生活が標準となった現代社会。子育ては、狭いアパートで休むことを許されぬままに幼児とふたり向きあわねばならぬ。だれにも助けてもらえないし、だれも助けない。アンタの子でしょとぴしゃり。つまりは自己責任。

 大企業の茶坊主である自公政権は、『蟹工船』を地で行くトヨタに倣い、乾いた雑巾をなお絞る政策をあみ出す。これで格差の広がらぬ方が不思議。「日本を、あきらめろ。」と警告したのも懐かしい。

 1970年の節分、生後まもない女児の死体がコインロッカーから発見された。コインロッカー乳児遺棄事件は、これが日本で最初だった。

 そして2007年。JR佐賀駅構内のコインロッカーで6日に乳児の遺体が見つかったという。ロッカーの中にあった遺留品から、母親らしき容疑者が割り出された。容疑者逮捕で大団円となるか。6月には学校のトイレで男児を出産(後に死亡)した女子高生もいた。

 昔はよかった、は年寄りの郷愁である。子捨ても育児放棄も現代人の専売特許ではない。地域社会が濃密だった昔は、今ほど世知辛くなかっただけ。個人の道徳観や倫理観あるいは母性を厳しく問うたところで何も解決はしない。

 とにかく若者の道徳観は崩壊しているのである。だから徴兵制はあってしかるべきである。若者は1~2年、自衛隊などに入らないといけないのである。頼みとする自衛隊には、リンチとセクハラとサラ金とハニートラップが待っています。

 熊本市の慈恵病院に「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」が設置されたのが今年の5月10日。これはひとつの「現実路線」だろう。政府が打ち出した少子化対策って、なんでしたっけ?
国民精神総動員
 さして収入があるわけでもないのに、借金こさえてまで他人の面倒をみる。それは根っからの世話好きなのではなく、単なる見栄として。そのくせ家庭は顧みない。食卓に並ぶのはご飯とみそ汁と、ふた切れのたくあんだけ。年寄りは入院して金がかかるし、子どもの給食費も捻出できるかどうか。日本の対米援助は、家族を踏みつけながら行っている募金活動のよう。

 紙くず同然の米国債を買い支えているだけでも充分に感謝されて然るべきだが、相手はこちらを植民地と踏んでいるのだから話しは合わぬ。年次改革要望書という名の内政干渉にも、ハイよろこんで! 居酒屋の店員だって、そこまで底抜けに忠実ではない。

 「思いやり予算」をめぐって、日米の駆け引きがつづく。日本政府は「国民の目が厳しい」と光熱水費、人件費の削減を求めるが、「無い袖は振れない」ときっぱり断ったらどうか。だって本当に無いんだから。普通国債だけでも700兆円の長期債務を抱えた国である。

 官邸のどこかに打ち出の小槌があるのでは? と疑いたくなるほど、この国は気前がよい。それもこれも、悲願の常任理事国入りのためであり、名誉ある地位のためである。国際社会の一員として。

 インド洋での給油活動も国際貢献の「大義名分」があれば、継続した方がよい気がしてくる。国際貢献してるんだから(ホントかね)、少しくらいの我慢なら、なのだ。教育費、医療費、生活保護費はこれでもかと切り下げる一方で、消費税率を上げようじゃないかと準備は怠らない。あのう、おにぎりが食べたいと餓死したひともいるんですけどね。

 果ては、挙国一致、尽忠報国、堅忍持久、理窟言う間に一仕事、足らぬ足らぬは工夫が足らぬ、欲しがりません勝つまでは、か。どこかで聞いたことがある。

 自公政権が国民生活に求めるは、精神論や根性論。その最終型として、武士道なんてのもある。それらは60余年前に大失敗したはずだが。
水サミット
 ハンバーガー1個を食べるたびに1000リットルの、牛丼1杯(並盛)を食べるたびに2000リットルの水を同時に消費している。普段はまったく意識していない、あるいはそれを知らない。

 大量の食糧をつくりだすためには大量の肥料を、大量の肥料をつくりだすためには大量の水を。自明の理。

 家畜を育てるには家畜に与える水が必要。家畜に与える飼料をつくるにはその飼料を育てる水が必要。生き物これすべて、水がなくては生きてはゆけぬ。

 およそ裕福とはいえない国の民が農薬にまみれて食糧を生産する。それ森を切り開け、川をせき止めろ。「生産者」に残されるのは汚水と水害だけ。

 食糧自給率40%を下回る日本。食糧がなけりゃ輸入すりゃいいじゃん。マリー・アントワネットも驚きのコペルニクス的転回。それでいて大量の食べ残し。

 エビだカニだ本マグロだと狂気し、安価なファーストフードに乱舞する。よだれを垂らして街をうろつく、グルメ気取りのミーちゃんハーちゃん。なんという浅ましさ。それで体脂肪を気にするだなんて、逆立ちしていませんか。

 別府市で「第1回アジア・太平洋水サミット」が始まった。全体テーマを「水の安全保障:リーダーシップと責任」。優先テーマを「水インフラと人材育成」「水関連災害管理」「発展と生態系のための水」としている。

 地球温暖化による災害や工業化による水質汚染、人口爆発(もしくは都市部への人口集中)がもたらす水不足。いずれも深刻な問題であることは間違いないが。

 金に飽かして世界中の食糧を食い散らかす日本は、まもなく始まる「水の戦争」の水先案内を務めよう。誰だって綺麗な水がほしい。資源は石油だけにあらず。

 なおも世界中の食糧と水を消費し尽くす貪欲。地産地消はどこにいった?
みそ汁薩摩風
 その昔、薩摩おごじょと交際していたときのこと。この話しを信じるか信じないかは、貴方しだいです。

 ある朝、彼女がつくってくれたみそ汁をみてひっくりコケそうになりました。いえ、ひっくりコケました。具がスイカの皮。黒と緑の紋様が汁に浸かってニラニラと怪しげにテカっていてます。

 蚕のサナギやイナゴの佃煮をおやつに、おかずにと育ってきましたから、昆虫は平気のヘーザ。イナゴの脚は爪楊枝がわりにするくらいです(うそ)。いやでも、夕べ食べたスイカの皮をみそ汁の具で出されようとは。

 スイカの皮みそ汁事件を話したところ、みんな「うっそだーい」の合唱。ニセの薩摩女に騙されたのではないか、別れを示唆した嫌がらせだったのではないか、とまで云われる始末。

 ふと思い出して調べたら、ありました。
 「なすびナ食感?意外と美味!スイカの味噌汁
 レシピ紹介者が薩摩人かどうかは不明ですけれど。

 ただし下ごしらえが、嗚呼。
 「食べ終わったスイカの、緑の硬い皮を包丁でむく。赤い食べた方も、きれいに軽くそぎます。 スイカの赤い部分が少しと、白い部分を使います。」
 ふむふむ。そりゃそうだよなァ。

 もしかしたら、黒と緑の硬い皮はむかれていたかも。あまりのことで記憶ちがいをしているような気がしなくもないですが、ドえらい衝撃でしたから、やっぱり黒と緑の硬い皮はそのまんまだったように思います。

 彼女は「実家の方では普通だけど?」とナニ食わぬ顔でスイカの皮をバリバリムシャムシャと食べていたような光景が脳裏に。それとも狢(むじな)に騙されたのかしら。
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