厭世のコラージュ
人間にとって最も善いことは生まれてこないこと。次に善いことは早く死ぬこと。
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子は親を映す鑑
 憲法や教育基本法を改正しても簡単に(状況は)変わらない。暴論かもしれないが、一度自衛隊に入って、サマワみたいなところに行って、緊張感をもって地元に感謝されながら活動したら3カ月で瞬く間に(人間性が)変わるという考え方もある。

 犯罪の凶悪化や教育現場の荒廃を憂えた武部勤先生のご発言(04年12月9日)。この御仁は「牛肉を大いに食べる会」で米産狂牛肉を大いに食べていたけれど。

 いつの時代も、今どきの若いやつらは、である。大人であることそれ自体がひとつの特権であるかのように錯覚すると、今どきの若いやつらは、と云いたくなる。気持ちは分からなくもないが、アナタどれほど立派なオトナでしょうか。

 すっかり人気者となった宮崎県知事は、「徴兵制はあってしかるべきだと思っている」「個人的には、若者は1、2年、自衛隊などに入らないといけないと思う」と、うっかり本音をもらしてしまった(11月28日)。

 知事の発言は「道徳観の崩壊を心配して」のこのとらしいが、さてよく分からない。「徴兵制」が「徴農制」となろうとも、兵隊やお百姓、介護者、医療従事者はみな強い道徳観の持ち主であると前提しなければ。

 つまり、規律きびしい集団の中で強制労働せよ、だ。しかし肝心の「道徳観」を明確にしなければ話しはつづかない。安倍晋三が目指したような、少女を監禁して己の意のままにさせようとする歪んだ恋愛観と同質のソレでは困る。

 なるほど考えようによっては、兵役中は親方日の丸で身分も給与も保証されるという利点はある。それでも強制労働の対価はたかが知れているだろうから、いずれにせよワーキングプアである。いやまさか、タダ働きじゃないよね。

 ネットに耽(ふけ)る引きこもりの若者は無害だが、税金を食いつぶす役人は社会の害悪である。キャリア・ノンキャリア、中央官庁・村役場を問わず、公僕たる役人にこそ兵役義務を課したらいかがか。道徳観の強い役人となるに違いない。
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髀肉の嘆
 自己責任の時代となっても、本流に乗っかれば「なんとかなるかも知れない」という夢は見られる。しかし、本流に乗ることもできず、そして、頼りとした左派には「甘ったれるな」と叱られる。

 「フリーター」と称する青年の苦悩は、戦争すら希望になり得ると考えるに至った。《徴兵されるというのは「私が社会に求められている」ということですよね。それに応えることで、社会と私がつながる。このつながる感覚が人間の尊厳というものだと思うんです。》

 志願ならば社会が求めなくもないけれど、徴兵を求めるのは「お国」でしょ。そんなことを云うのは意地の悪い皮肉屋。社会に必要とされたいから、他者とつながりたいから、だから戦争を希望するんです。コレもひとつの、自分探し。

 たとえば「『天皇裕仁』を蹴り飛ばしたい。希望は革命」という選択もある。しかし、抱えた不満は、より弱い者へと向ける民族性では、そんな選択は初めから無いに等しい。《自分が上がれないのなら、周りを下げるしか平等への道はないんですから。》

 焦土から立ち上がり、何度も好景気を経験した資本主義国家ならば、今さら欧州型社民主義だってご免蒙りたいのが勝ち組の本音。世界1位の自動車会社は、法人税をもっと下げろとおっしゃいます。

 戦争の希望は、弱者=負け組からの視点か。《「何で希望がテロや革命じゃないんだ」と言う人もいたけど、それは一人の人間に望みすぎ。》この根底には、勝ち組になり損ねた恨みつらみが横たわっている。弱者に残された手段はテロである。

 「自分の尊厳」のために戦争を希望する。希望だけならご自由に。それに巻き込まれ、つき合わされる《普通の生活者》はたまったものではない。

※《》内はすべて「中島岳志的アジア対談(11月27日『毎日新聞』)」での赤木智弘の発言から引用。
やさしい密室
 ハリウッド映画に出てくる刑事はたいてい、手錠をかけながら「お前には黙秘権がある」なんてことを云う。容疑者は自分に都合の悪いことを話さなくてもよろしい、ということである。

 日本の刑事ドラマの見せ場は、ベテラン刑事が取り調べで犯人(本当はまだ容疑者)を「落とす」ところ。刑事が粘り強く説得すると、犯人(まだ容疑者ですよ)はやがてみずからのあやまちを悔い、罪を認め、そして泣き崩れる。

 「踏み字」などという前時代的な方法も、長期勾留、超長時間におよぶ取り調べにあっては有効な手段なのだろう。さらに「密室」であれば、最大限の威力を発揮する。もう帰りたい、いっそ罪を認めようか。

 警察は容疑者を「落とす」ことだけを考えた。カツ丼でも食うか、これはドラマの中の話しである。実際にはどれほど過酷であるか。取り調べの可視化をいやがる警察を見れば、それが分かるというもの。

 「踏み字事件」の初公判で、弁護側は「取り調べは真剣勝負で、不当な黙秘を是正するための厳しい取り調べが許される」と陳述した。無知を承知でお聞きしますけれど、「不当な黙秘」ってなんですか? それを「是正する」とはナニ?

 手元にある国語辞典(77年発行!)によれば、黙秘権は「被告人や被疑者などが取り調べを受ける際に、自分に不利な供述を拒否しうる権利」とある。裏返せば、自分に有利な供述だけしておればよい、ということ。

 すべては「任意の」取り調べで行われたことだった。それを「踏み字」までさせても真剣勝負で取り調べをしたという浜田隆広被告(元鹿児島県警警部補)は、よほど仕事熱心らしい。民間の企業ならば、まちがいなく過労死するほどの。よかったね、親方日の丸で。

 証拠はなくとも、長期勾留と長時間におよぶ過酷な取り調べで、ねらったホシは必ず落とす。本来任務を忘れた警察が「真剣」になるほど怖いものはない。
瀕死の双六問屋
 暴行や飲酒運転、覚醒剤などでニュースになるミュージシャンは珍しくない。しかし、本業での表現それ自体がニュースとなり、新聞の社会面を賑わせたミュージシャンっているだろか。

 「素晴らしすぎて発売できません」との新聞広告によって皮肉にも大ヒットした『COVERS』。国旗国歌法制化の最中、野中広務官房長官(当時)が「君が代をうたうこと自体に問題はない」とコメントした『冬の十字架』(君が代をパンク風にアレンジした)。

 思えば不思議。基本的には売れないミュージシャンであるにもかかわらず、その影響力は非常に大きい。ゆえに、忌野清志郎なのか。日本ロック界の超巨星。見た目はどうってことないフツーのおじさんなのにね。実年齢よりは若くみえるけど。

 今の日本、政府を批判しただけで反日だの左翼だのと云われる。正確には、ごく一部から云われる。とにかく反政府、とにかく反体制という者だっている。どこが与党となろうとも、同じように反政府、反体制でありつづける。それは思想的な裏づけからではなく、ともかく性分なのだ。

 偉ぶってふんぞり返ったやつを見ると、このやろうという気持ちがむくむくと沸き上がってくる。だから、常に少数派で、常に敵が多い。あるいは、そうでなくてはチカラが出ない、なんてことも。これも目立ちたがり屋のひとつかしらん。

 喉頭癌といえばミュージシャンには致命的。最初にそのことをひとから聞かされたとき、「ああ終わったんだな」と感じてしまった。ファンが真っ先にあきらめてしまった。失格です。

 どこが、なにがそんなに偉大なのか分からないけれど、キヨシローはやはり偉大だと思う。これは一種の偶像崇拝かも知れない。

 それでも齢50を過ぎてなお、愛し合ってるかーい! なんてコッ恥ずかしいことを叫ぶだけでも、やはり偉大だと思う。

【瀕死の双六問屋】忌野清志郎/小学館文庫
瀕死の双六問屋
テロ防止と云うけれど
 人間の思考は0と1の羅列ですべて計算できるほど早くない。容量も知れている。容量は知れているから、必要なときに必要な情報を詰め込むにとどめておくのが合理的。さもなくば、知恵熱にうかされるはめになる。

 今日成立した法律が明日から施行されるものではない。サミット(金持ちクラブと云うなかれ)のたびに宰相が代わる日本では、ハテこの法律はどなたが総理大臣のときにできたのかしら。えーっと、思い出せない。

 そのひとつである「改正出入国管理法」の評判がよろしくない。安倍晋三官房長官(当時)は人権問題を意識してか、「テロ防止のためで、採取した指紋は法務省が厳正に管理する。命を守るために行うことであり、人権侵害になるとは考えていない」と述べた。

 なるほど、ブッシュ米大統領が引き起こした「テロとの戦い」に、世界でほとんど唯一賛成している国なれば、四方を海に囲まれているからといって安心はできない。豪州も労働党に代わりましたとさ。

 安倍官房長官が「採取した指紋は法務省が厳正に管理する」と大見えを切ったんだから安心だろう。はたしてそうか。収集した個人情報は、やがて、ウィニーを仕込んだ職員のパソコンから流出する、というのが定番のオチ。

 そうしたら、まず謝るのは法務大臣かしら。その法相は「テロリストの怖いのが平気で日本をうろうろしている」とおっしゃったけれど。

 訪日外国人旅行者数を二〇一〇年に倍増させることを目標。外国人旅行者にも多く日本に来ていただくような対策も必要。だれでも観光を楽しめるような日本を魅力ある国にして、多くの外国人にも日本に来てもらいたい。これすべて、ブッシュのポチと呼ばれた小泉さんの発言。

 改正出入国管理法案を審議していたころ、「YOKOSO! で創る観光立国日本」なんてキャンペーンもやっていた。ようこそ日本! まずは指紋採取と顔写真から。

anarchy.blog5.fc2.com/blog-entry-114.html
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応報刑はだれが為
 犯罪被害者の自己責任はどうなのだ、という乱暴な声もある。ところが、すべての被害者が自己責任を厳しく問われているわけでもなさそうだ。ハテ、権力者が峻別しているのか(メディアも権力ですネ)。自己責任論の流行は当分のあいだ終わりそうもない。

 国は「被害者参加制度」をあみ出した。コレすなわち一種の仇討(あだうち)である。ところが、警察や検察による事件、容疑者のでっち上げが少なくないことが知れてきている。被害者や遺族が対決する被告人が「冤罪」だったなんてケースもきっと‥‥。どうするのか。

 今さら云うまでもなく、刑事裁判の鉄則は「無罪推定」「疑わしきは被告の利益に」。このことをもっとも肝に命じなければならないはずのマスメディアは、警察との利害関係が邪魔をして、予断と偏見を真実へと変えてしまう。手品師じゃあるまいし。

 罪を憎んでひとを憎まずという教育刑主義は歴史の遺産となりつつある。オトナの充分な保護を必要としている少年少女だって、うかうかしてはいられぬ。ちょっとした悪ふざけでも、刑務所でタンスをつくらされることにだってなりかねない。

 光市事件は世間の耳目を集めた。この国には死刑制度が横たわっていることをあらためて知らされた事件である。「国家による報復殺人の代理」としての死刑制度は、遺族の溜飲をほんのちょっと下げる効果しかない。だが、ソレを望んでいる犯罪的無知の善良なる市民が多数派の国である。「B層」とは上手く云ったなァ。

 鳩山邦夫法務大臣は「殺人がとにかく減らない。死刑が持つ予防効果を考えると、現時点では廃止や執行停止はなじまない」と云った。それって、死刑制度は犯罪予防になっていないってことじゃあ。

 凶悪犯罪が増加しているとのデマゴギーに、善良なる市民は怯えている。まさか、死刑制度を存続している理由は遺族を代理に見立てて市民の鬱憤を晴らすためだけ、なんてことはないよね。
お箸の国のガイド
 平成の世となっても、得意顔でフォークの背にライス(ご飯ではない)を乗せる方がいる。「本人が納得していれば、それで良いじゃないか」。ごもっとも。そこまで起用ではない私のヒガミです。

 しかし、およそ食事には作法というものがある。小笠原流といえば堅苦しいが、礼法はともかく、日本人は8世紀の時代からひろく箸をつかってきた。箸を使う日本には日本としての作法がある。長い年月をかけて築いた作法は、単に美しく見せるだけではなく、より合理的に食事をとれるようにつくられた。

 レストランを星の数で格付けする、「ミシュランガイド」東京版が話題となっている。「ミシュランガイド」と云えば、泣く子も黙るレストランガイドである。

 ミシュランの故郷はフランス。フランス料理ではナイフとフォーク、スプーンを使わなければならないのがマナーである。間違っても、箸でスズキのポアレをすすり込んではならない。音を立てては行儀が悪い。

 食事の作法には地域特有の作法がある。それが「文化」というものだ。「郷に入っては郷に従う」というが、「ミシュランガイド」東京版は決定的な間違いを犯した。本の帯に登場しているミシュランのマスコットキャラクター・ビバンダム(ビブ)が、箸をキチンともっていないのである。日本の食文化を丁寧に理解していないのだろうが、編集者に日本人はいなかったのかしら。それとも。

 グルメ番組は実に多いが、得意満面で食欲(食欲は睡眠欲、性欲と並ぶ三大欲求のひとつですよ)を披露するタレントのほとんどが、箸をキチンと使えてはいない。旺盛な食欲を見せつけるだけでも充分にハシタナイものを、あなた、どんな育てられ方をしたのです。

 個々人の嗜好はみんな違うもの。あの店はおいしい、この店がステキ、なんて大きなお世話です。そこまで云うつもりはないが、ビブが箸の握りを「堂々と」誤っている、ただそれだけで「ミシュランガイド」東京版はまったく信用できないと云えば、いささか偏執的か。だって、お箸の国ですから。
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